過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome:IBS)は、腹痛や便秘、下痢といった症状を慢性的に繰り返し、日常生活に大きな影響を与える病気です。この病気の原因は完全には解明されていませんが、心理的要因や自律神経の乱れ、食事内容などが関係していると考えられています。
本記事では、過敏性腸症候群の症状や原因、診断の流れ、主要な治療法について詳しく解説します。この病気について理解を深め、日常生活の不安を軽減し、快適な生活を取り戻すきっかけになれば幸いです。
目次
過敏性腸症候群(IBS)とは
この病気は、腸の動きが異常に活発になることで腸内の刺激に過敏に反応し、症状が引き起こされると考えられています。
日本では成人の10〜15%が過敏性腸症候群に悩んでいるとされ、特に20〜40歳代の働き盛り世代に多いことが特徴です。有病率は、男性に比べて女性のほうが多い傾向にあります。
(出典:日本消化器病学会 機能性消化管疾患診療ガイドライン 2020―過敏性腸症候群(IBS)(改訂第2版) )
過敏性腸症候群は、命に関わる病気ではありません。とはいえ、症状によって生活の質(QOL)が大きく低下する可能性があります。放置すると精神的なストレスが蓄積し、症状が悪化するリスクもあるため、早めの対策が大切です。
過敏性腸症候群の症状
過敏性腸症候群は、下腹部痛・腹部膨満・ガス・便秘・下痢など、さまざまな症状があり、便通異常のタイプは、以下の4つに分類されます。
- 下痢型
- 便秘型
- 混合型
- 分類不能型
それぞれ見ていきましょう。
下痢型の症状
下痢型では、急に強い便意を感じることや、下痢が頻繁に起こることが特徴です。
- 1日に何度もトイレに行きたくなる
- 水のような便や粘液のある便が出る
- ストレスや食後は、胃や腸の機能に影響を与えるため、症状が悪化しやすい
このタイプでは、生活のリズムを崩すほどの症状が現れることがあります。
便秘型の症状
便秘型では、排便が困難であることが主な症状です。
- 腹痛や腹部膨満感が見られる
- 排便回数が少なく、便秘が慢性化する
- 硬くてコロコロとした便が出る
水分不足や食生活の偏りが、症状をさらに悪化させる場合があります。
混合型の症状
混合型は、下痢と便秘が交互に繰り返されるタイプです。
- 便秘と下痢を繰り返す
- ストレスを感じるとお腹の状態が不安定になる
この不安定な腸の状態が、患者様に大きな心理的負担を与えることがあります。
分類不能型の症状
分類不能型は、上記のいずれにも当てはまらないタイプです。頻繁におならが出る、膨満感がある場合は「ガス型」と呼ばれます。
分類不能型は、診断や治療が難しいこともありますが、適切なケアで症状をコントロールすることが可能です。
過敏性腸症候群が日常生活に及ぼす影響
過敏性腸症候群は、日常生活のあらゆる場面に影響を及ぼします。
通勤や通学では、電車やバスでトイレの心配が絶えず、急な腹痛で移動が困難になるケースが少なくありません。職場や学校では、トイレに頻繁に行く必要が生じ、業務や授業に集中できなくなるほか、周囲に迷惑をかけていると感じて自己評価が下がることもあります。また、症状が原因で仕事を早退・欠勤する頻度が増えれば、社会的なストレスがさらに増すこともあるでしょう。
旅行や外食といったプライベートな時間でも、トイレの確保や食事内容に気を使わなければならず、行動が制限される場合があります。こうした状況が続くと、楽しみやリフレッシュの機会が減少し、ストレスが増え、症状が悪化する可能性があります。
さらに、過敏性腸症候群は目に見えない症状のため、周囲からの理解を得にくく、「怠けている」「気にしすぎ」と誤解されるケースもあるでしょう。症状への不安や孤立感は精神的な負担となり、生活の質(QOL)を低下させる要因となります。
過敏性腸症候群の原因
過敏性腸症候群の原因は、完全には解明されていません。この病気は、単一の原因で発症するわけではなく、心理的・社会的・身体的要因が複雑に絡み合い、症状を引き起こす病気です。
- 心理的要因
- 遺伝的要因
- 社会的要因
- 食生活
- 感染性胃腸炎 など
主な原因として考えられる要素を紹介します。
心理的要因
過敏性腸症候群には心理的要因が大きく関与しているとされ、強いストレスや不安、過去のトラウマなどが腸の過敏反応を引き起こすことがあります。
自律神経の乱れもこの病気の発症に深く関わっており、腸の運動や分泌が正常に機能しなくなることが症状の一因とされています。
遺伝的要因
遺伝的要因も無視できません。家族に過敏性腸症候群を持つ人がいる場合、その発症リスクが高まることが報告されています。
腸内環境や腸管の働きに影響を与える体質が、発症に関係していると考えられています。
社会的要因
社会的要因も重要です。職場や家庭、学校での人間関係のストレスが、腸の過敏性を高める要因になることがあります。
ストレスが慢性化すると、腸の動きや感受性に悪影響を及ぼす可能性があります。
食生活
食生活もIBSに大きく関与しています。高脂肪食や高カロリー食が腸への負担を増やし、症状を悪化させることがあります。
ただし、食生活の影響は個人差が大きく、一律に特定の食品が原因とは言えません。
感染性胃腸炎
一部の患者様では感染性胃腸炎をきっかけに過敏性腸症候群の症状が現れるケースがあります。胃腸炎後に腸内環境や免疫機能が乱れることで、腸が過敏な状態になると考えられています。
過敏性腸症候群の検査と診断の流れ
過敏性腸症候群の診断は、以下のように段階的に進める方法が取られます。
- 症状の確認と警告サインの評価
- 他の病気を除外するための検査
- Rome Ⅳ基準による最終診断
以下に、その主な流れを解説します。
(出典:日本消化器病学会機能性消化管疾患診療ガイドライン2020ー過敏性腸症候群(IBS)P xⅵ)
1. 症状の確認と警告サインの評価
まず、腹痛や便通異常が繰り返し起こっているかどうかを確認します。ただし、以下のような警告サインがある場合は、過敏性腸症候群以外の病気が疑われるため、さらに精密な検査が必要です。
- 血便や原因不明の体重減少
- 発熱を伴う腹痛
- 症状が急激に悪化する
- 家族歴(大腸がんや炎症性腸疾患)
これらの警告サインがない場合は、次のステップに進みます。
2. 他の病気を除外するための検査
過敏性腸症候群は、腸に目立った異常が見られないことが特徴です。そのため、他の病気を除外する検査が必要とされます。
一般臨床検査(血液検査・尿検査・便潜血検査)
症状が過敏性腸症候群によるものかを確認するため、まずは一般的な検査を行います。
- 血液検査・尿検査:甲状腺機能異常や膵臓疾患など、腹部症状や便通異常の原因となる病気を除外します。
- 便潜血検査:大腸がんや大腸ポリープ、潰瘍性大腸炎、クローン病など、腸内出血を伴う病気の可能性を調べます。これらの病気では、便潜血反応が陽性を示すことがあります。
大腸内視鏡検査
大腸内視鏡検査は腸内を直接観察し、腸管に異常がないかを確認します。
検査の流れは、以下の通りです。
- 検査前に腸管洗浄液(下剤)を服用し、腸内をきれいにする
- 内視鏡を肛門から挿入し、大腸の奥である盲腸まで進める
- 大腸の粘膜に潰瘍やポリープ、腫瘍などがないかを確認する
この検査で異常がなければ、過敏性腸症候群の可能性が高まります。
3. Rome Ⅳ基準による最終診断
検査で他の病気が除外された後、Rome Ⅳ基準を基に、過敏性腸症候群かどうかを判断します。
この国際的な診断基準であるRome Ⅳ基準では、以下の条件を満たすことが必要です。
<腹痛が最近3か月間のうち1週間に1日以上あり、以下の2つ以上に関連している>
①排便によって症状が軽減または悪化する
②排便頻度が変化する(例:排便回数が急に増える、または減る)
③便の形状が変化する(例:硬い便、下痢状の便など)
※ただし、これらの症状は、診断の少なくとも6か月前から存在していること
Rome Ⅳ基準を満たす場合、過敏性腸症候群と診断されます。
(出典:日本消化器病学会機能性消化管疾患診療ガイドライン2020ー過敏性腸症候群(IBS)P xⅶ,26)
過敏性腸症候群の治療法
過敏性腸症候群の治療は、患者様の症状やライフスタイルに合わせた個別の対応が求められます。代表的な治療方法は、以下の4つです。
- 生活習慣の改善
- 食事療法
- 薬物療法
- 心理療法
それぞれ見ていきましょう。
生活習慣の改善
過敏性腸症候群の治療では、生活習慣の見直しが推奨されています。規則正しい生活リズムの維持により、腸の働きが安定し、症状の緩和が期待できるでしょう。
また、ウォーキングや軽いエクササイズなどの適度な運動を取り入れることは、ストレス軽減や自律神経のバランスを整える助けとなります。
過敏性腸症候群では、ストレス管理も必要です。自分に合ったリラクゼーション法や趣味の時間を設けると、心身の負担軽減につながるでしょう。
ただし、生活習慣の改善のみでは十分な効果が得られない場合もあるため、他の治療法と組み合わせて進めることが推奨されています。
(出典:日本消化器病学会機能性消化管疾患診療ガイドライン2020ー過敏性腸症候群(IBS)P40)
食事療法
過敏性腸症候群の治療において、食事内容の見直しは重要なポイントです。
1日3食を心がけ、バランスの良い食事をとることで、腸の働きが安定すると考えられています。便秘型の場合は、食物繊維を多く含む食品や発酵食品を取り入れると、腸内環境を整えることが期待できます。
また、暴飲暴食や就寝前の食事、腸に刺激を与える食品は、症状を悪化させる可能性があるため控えるのが望ましいでしょう。
・アルコール
・香辛料
・炭酸飲料
・コーヒー
さらに、便秘の慢性化や下痢による脱水を防ぐため、適切な水分摂取も忘れてはなりません。
近年、過敏性腸症候群の症状には、食事内容が深く関係していると言われています。特に欧米では、FODMAP(フォドマップ)と呼ばれる糖質を多く含む食品を控えることが、症状の緩和に役立つと報告されています。
FODMAPは小腸で吸収されにくく、大腸で発酵しやすい糖質を指し、これらの食品を摂りすぎると、大腸でガスや水分が過剰に発生し、腹痛や下痢、便秘の症状を引き起こすとされています。
以下は、高FODMAP食品の一例です。
- 小麦粉製品(パン、パスタ、ラーメン)
- たまねぎ
- ひよこ豆・レンズ豆
- 牛乳
- ヨーグルト
- チョコレート
- はちみつ など
高FODMAP食品を控え、日頃の食生活を改善することが、過敏性腸症候群の症状緩和につながるでしょう。ただし、食事療法を取り入れる際は、医師や栄養士に相談しながら進めることが大切です。
(出典:日本消化器病学会機能性消化管疾患診療ガイドライン2020ー過敏性腸症候群(IBS)P38,43)
薬物療法
過敏性腸症候群の治療では、患者様の症状に合わせた薬物療法が欠かせません。この病気では、以下4つの症状に分類され、それぞれに適した薬が処方されます。
- 下痢型
- 便秘型
- 混合型
- 分類不能型
過敏性腸症候群(IBS)の治療には、次のような薬が共通して使用されます。
・消化管機能調節薬(マレイン酸トリメブチンなど)
・プロバイオティクス(整腸薬、ビフィズス菌など)
・高分子重合体(ポリカルボフィルカルシウム)
下痢型では、腸の過剰な動きを抑えたり、便の性状を改善する薬が用いられます。
・セロトニン3受容体拮抗薬(5-HT3拮抗薬):腸の異常な動きを和らげる
・下痢止め薬:便の頻度を抑え、急な症状を防ぐ
便秘型の場合、硬い便を柔らかくし、排便を促す薬が処方されます。
・粘膜上皮機能変容薬:便を柔らかくし、スムーズな排便をサポートする
・抗コリン薬:腹部の痛みを和らげる
薬物療法は、患者様の状態に応じて柔軟に調整される治療法です。適切な薬を使うことで、症状の軽減が期待できます。
また、治療を進める中で、日常生活の質を取り戻すきっかけになるでしょう。治療の選択肢については、医師と相談しながら進めることが大切です。
(出典:日本消化器病学会機能性消化管疾患診療ガイドライン2020ー過敏性腸症候群(IBS)P45〜70,74〜79)
心理療法
過敏性腸症候群の多くの患者様では、ストレスや不安が症状を悪化させる要因と考えられており、心のケアが必要とされています。
心理療法には、以下のような方法があります。
【認知行動療法】
ストレスや不安が症状に与える影響を軽減することを目指し、考え方や行動のパターンを改善するアプローチ
【マインドフルネス低減療法】
現在の瞬間に意識を集中させることで、不安感を和らげる方法
【グループセッションによる集団カウンセリング】
同じ悩みを抱える人たちと話し合うことで孤独感を軽減し、心理的な支えを得られる心理療法
これらの心理療法でも症状の改善が見られない場合は、抗不安薬などの薬物療法の併用が検討されます。
心理療法は、腸の働きに直接作用するわけではありません。しかし、ストレスの軽減や心身の安定を通じて、過敏性腸症候群の症状を和らげる効果が期待できます。
(出典:日本消化器病学会機能性消化管疾患診療ガイドライン2020ー過敏性腸症候群(IBS)P71〜73)
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まとめ
過敏性腸症候群は、大腸や小腸などの消化器に明らかな異常がないにも関わらず、腹痛や便秘、下痢を慢性的に繰り返す病気です。
この病気は、ストレスや自律神経の乱れが症状に影響するとされています。生活習慣や食事内容の見直し、薬物療法、心理療法を組み合わせ、症状のコントロールを目指しましょう。
福岡天神メンタルクリニックでは、患者様一人ひとりの状況に合わせた診断と治療を行っています。過敏性腸症候群によるストレスなどでお悩みの方は、ぜひご相談ください。